2024年 02月 16日
今年初めからオットの仕事がますます忙しく過酷になり、私は病気と一人暮らしの母とオットの身体、3つの心配をすることになって、完全に参ってしまった。
器の小さい私、病気だけでもいっぱいいっぱいだったのに。
臨床心理士の親友が毎日何度もビデオ通話をしてくれて、なんとか保っている。彼女がいなかったらどうなっていたかわからない。
オットはありえないくらいの激務も淡々とこなし、変わらずに優しくいたわってくれるのだけど、とにかく一緒にいられる時間がものすごく短いし、身体が心配なので、年末までのように甘えるわけにはいかない。
実家にも今年に入ってから帰っておらず、母は、親戚や近所の人に支えられている。
治療も、あまりうまくいっているようには思えなくて。前回の日記に書いた4回目の点滴は血液検査の結果が悪くてできなかったし、私の病気は同じ種類の中でも希少なので、特に不安が大きい。(今は2種類目の薬の点滴を3回終えたところ)
それに最初の頃はショックで混乱していたのが、時間がたつにつれ事の重大さがわかってきたというか。手術が無事できたとしても、まだまだ治療は続くし、自分はもう健康に戻ることはないのだなあと悲しくなるばかり。
病気がわかるまで、自分が健康である(と思っていた)だけで、どれだけ幸せで楽しかったか、と思う。
「健康で愛するオットがいる」これだけでもう泣けるくらい幸福だったんだ。
戻りたくて戻りたくて戻りたくて。
荷物を下ろしたい。
弱い自分ばかり出てくる。
でも、心配していた味覚障害はそんなにひどくなくて、料理もそこそこできているので、毎日オットが帰ってきたら、できる時は以前よりも簡単だけど、料理を出す。美味しいねといいながら食べて、オットはアルコールを、私はノンアルコールを飲む。
遅いので寛ぐ時間もないけど、寝るときは「今日もありがとう」「好き」「いい夢見てね」「ぐっすりね」「また明日ね」と言い合って寄り添って寝る。これだけがすごく幸せ。
読書もテレビも音楽も、これまで大丈夫だったものの8割くらいはだめで。
書物とともに生きてきた人生だったのに、小説もエッセイもまともに読めない、庄野潤三でさえも。悲しくなる。
なんとか読めるものを探したら、なぜか銀色夏生の日記エッセイ「つれづれノート」がしっくりきて、少しずつ読んでいる。
確か恵比寿三越時代の地下食スーパー繋がりで初めて買って、実は藤井竜王名人が好きでいつも対局を見ている記述もあり、なんとなく気が向いたら購入して積んでいたこの本に救われた。
考えてみてみたら、中学生の頃、角川から出ていた「これもすべて同じ一日」「わかりやすい恋」「あの空は夏の中」「君のそばで会おう」を暗唱できるくらい読み込んでいた。恋、恋、恋。私もこんな恋がしたい、と思って。それが40年近くたって、今度は宮崎の田舎暮らしの描写に助けられるとは。
テレビは、騒がしいのとか怖いのはだめで(呪術も五条悟が封印されたところで止まっている)大昔に録画してあった「シェフは名探偵」、「きのう何食べた」の2、そして最近は「作りたい女と食べたい女」がすごくよい。
あと、Eテレ「人とくらしと台所」の新シリーズ。初回のこぐれひでこ夫妻を見て、ああ、私たちもこんなふうに年をとっても昼酒飲んで、2人で料理して・・・と呑気に想像していたのに、私の病気のせいで無理だなあとすごく悲しくなって、もう辛くて見られない、と思ったけどやはり静かで落ち着く良番組。
井上荒野夫妻もよかった。荒野さんも昔大病をしたけど、今も再発せずお元気なのは本当によかった。
荒野さんの食の本も出してみたけど、やはりなかなか読めず。
ずっとブログを書いてない間もあたたかいコメントやいいねを本当にありがとうございます。感謝。
記録としてまたいつか書けるといいな、と思っています。
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by kumanekoy
| 2024-02-16 10:03
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